アフリカからの手紙その15
今回はアフリカのインド洋に面した旧イギリス領の国々を紹介します。
ケニヤ、ウガンダ、タンガニイカ&ザンジバル
ケニア共和国(ケニアきょうわこく)、通称ケニアは、アフリカ東部の国。首都はナイロビ。
ウガンダ共和国(ウガンダきょうわこく)、通称ウガンダはアフリカ東部の国。首都はカンカンバラ。
タンガニーカ(Tanganyika)は、アフリカ南東部、インド洋に面する地域名。タンザニア連合共和国に属する。タンザニアはタンガニーカとザンジバルが合併し成立した連邦国家だが、タンガニーカはそのうちの大陸部を、ザンジバルは島嶼部を指す。
東京オリンピックの時に発行された切手。
(ウガンダ、ケニヤ、タンガニイカ、ザンジバル)
ケニヤ共和国
19世紀にアフリカの植民地化が進むと、ケニア沿岸にイギリスとドイツが進出。権力争いの末、イギリス勢が優勢となりイギリス領東アフリカが誕生し、1888年には沿岸部が帝国イギリス東アフリカ会社 (IBEA) により統治されるようになった。1895年までには内陸部にまでイギリスの影響が及ぶようになった。1902年、現在のケニア全域がイギリスの保護領となり、1920年には直轄植民地となる。
ケニア共和国として独立の時に発行された切手。
ウガンダ共和国
ケニア、スーダン、コンゴ民主共和国、ルワンダ、タンザニアに隣接する内陸の国である。ナイル川(白ナイル)の始まるビクトリア湖に接している。旧イギリス植民地。
タンザニア連合共和国
第1時世界大戦の後、イギリス領となる。1961年に英連邦国として独立。翌1962年に共和制へ移行し、タンガニーカ共和国となった。1964年にザンジバル人民共和国と合併、タンガニーカ・ザンジバル連合共和国が成立。その後国名を改め、タンザニア連合共和国となった。
ケニヤ、ウガンダ、タンガニイカ
イギリス領(エリザベス二世)時代
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